2014年5月3日土曜日

校歌の編曲あれこれ

 「早混稲門会OB/OG通信」2014年春号に投稿するつもりで執筆したのだがボツになったので、個人のブログで発表することにした。不掲載の理由は結局不明のまま。この程度で騒ぎが起こるとも思えないが、校歌の新しい編曲がお嫌いな向きには現役や若い子たちに知られたくない内容も含まれていたようだ(苦笑)。
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戸田版60周年・長谷川版50周年・若林版20周年
校歌の編曲あれこれ

 今年は、「早稲田大学校歌」を混声合唱に編曲した「戸田版」が誕生して60年、「長谷川版」が誕生して50年、「若林版」が誕生して20年という節目を迎える。
 校歌の編曲は、作曲家の石桁眞禮生(いしけたまれお・1916-1996)に和声を学んでいた5期の戸田明男さんが1954年に手がけたものが最初である。1番をハ長調のユニゾンで歌って、2番でヘ長調の混声4部にディビジョンし、3番を「ヘンデルの『ハレルヤ』のような」形でまとめるのが、当初の構想だったというが、残念なことに3番のフーガは完成しなかった。その後、2番も斉唱するか2番3番と続けてディヴィジョンするかで試行錯誤があってから、1番のユニゾンから3番に飛び華々しく和音を響かせる歌い方が定着した。この「戸田版」は、後に早大合唱団など学内の他の混声サークルにも伝わり、歌われていたという。戸田版が目指したモノフォニックな響きとポリフォニックな響きは、そのビジョンがともに長谷川版と若林版の中で結実したのであって、戸田版の歴史的な価値は決して色褪せていない。
 現在、卒団生の行事などで広く歌われている譜面は、1964年に当時の専任指揮者だった長谷川博先生が編曲した。全体のスタイルはそのままで和声だけ変えた理由については伝わっていないが、石桁眞禮生の指導を受けて創造性の強いエネルギッシュな和声進行も盛り込まれた戸田版に比べ、長谷川版はすべて「音楽の教科書通り」のオーソドックスな和音に戻されているあたりに鍵はありそうである。同じ頃につくられた川崎版の「紺碧の空」「早稲田の栄光」は秘かに何度も和声が手直しされた一方、長谷川版の校歌は、シンプルさが受け入れられたのか、特に手を加えられることもなくそのまま受け継がれていった。
 現在、定期演奏会などで披露されているバージョンは、1994年に八尋和美先生の提案により、作曲家の若林千春氏によって新たに編曲されたものである。その狙いや事情については定かではないが、どうやら八尋先生にとって校歌の編曲とは定期演奏会の冒頭で現役が歌うためのもので、これ以外の機会や場面は念頭になかったらしい。結局のところ、卒団生関係や学校行事での利用もあって、長谷川版を廃止して若林版に乗り換えることにはならず、シチュエーションに応じて新旧のバージョンを使い分けるスタイルが現在まで続いている。
 20年間にわたって現役生が若林版を大切に歌ってきたという実績は重く受け止めなければならないのだが、OB/OGはもとより早稲田大学関係者の間でも、若林版に対して賛否両論があることは事実である。長谷川版に慣れ親しんだ世代の中からも「自分が現役のときにこのような形で校歌を歌いたかった」「『都の西北変奏曲』ということでいいのではないか」といった肯定的な声があがる一方、調性を大きくいじって全体にポリフォニックな進行になり、しかも静謐な雰囲気を漂わせていることへの不満もこれまで少なからず耳にしてきた。早混の定演で若林版を聴いたグリークラブのOBが「混声には校歌を歌ってほしくない」と激怒した話が伝わるのとは裏腹に、交響楽団と応援部吹奏楽団の関係者からは「(若林版は)混声合唱の特色が十二分に活かされた優れた編曲である」との高い評価を頂いている。
 これらの相反する言い分を理解するに、神宮球場で校旗が翻っているような「早稲田らしい」イメージを校歌の演奏に求め、期待する人は、繊細極まりない早混の若林版に違和感を禁じ得ない反面、八尋先生のもとで50年近くにわたって先輩後輩たちが築き上げてきた音楽スタイルの「入り口」「延長線」として「都の西北」を聴いてみたい人は早混が自己紹介するためのツールである若林版を肯定するのだろう。
 「入学して初めて早混の校歌を聴いたら、『あれ?早稲田の校歌ってこんな曲だったかしら…』と一瞬思いました」という若手OGの声もあるくらいで、若林版の難点の一つはとにかくアレンジが効きすぎていて、オリジナルの旋律から大きく離れてしまっている部分があること(特に2番の「ひとつに渦巻く大島国の」など)。入学式の歌唱指導やスポーツの試合前のセレモニーなど、八尋先生や早混のことを知らない一般客が相手では、さすがに若林版は使えないようである。
 もっとも、長谷川版とて万能ではない。グリーの男声合唱版もそうだが、3番の美しいハーモニーを際立たせるためとはいえ、「都の西北、早稲田の森に…」という世に最も知られた折角のフレーズを「前振り」のような地味な存在に落としているのはもったいない。ブラスバンドやオーケストラの奏でる校歌にはファンファーレとグリッサンドが特徴的な8小節の前奏がつくが、これはそれなりに意味があるのである。また、しばらく前にラグビーの大学対抗戦で試合前に長谷川版の校歌を現役が披露したところ、「賛美歌みたいな都の西北が流れていた」とネットで評判になったのは良かったが、「観客が一緒に歌えないので、転調するのはやめてくれ」と主催者側からクレームが付いて次からは斉唱で歌う羽目になった。自分たちの歌声をお客さんは黙って聞いてくれるものだとばかり思っていると足をすくわれるわけで、交響楽団やマンドリン楽部のコンサートでは、聴衆も一緒に校歌を口ずさんでいる。早混だってたまには会場のお客さんと一緒に歌う機会があると面白いかもしれない。
 学位授与式や記念式典などで校歌を「奏楽」するときは楽器だけで合唱は使わない、というのが昔からの慣例とのことだが、大学創立125周年のときには男声合唱と管弦楽の譜面が新たに作られた。重要な学校行事から早混は外されっぱなし…というのも残念な話で、いささか音楽的な興趣に乏しいのは我慢するとして、オリジナルのニ長調で1番から3番まで通して管弦楽やブラスバンドと一緒に校歌を歌う現役の姿も一度は見てみたいものである。