2010年7月23日金曜日

追悼演奏

 ここで取り上げる「追悼演奏」は、所謂「追悼演奏会」とは別のものである。
 追悼演奏を行うのにはいくつか種類があって、大規模な災害や要人の逝去など、主催者とは直接関係のない不幸な出来事であっても社会的に大きな衝撃を与えた凶事に対して演奏会の冒頭にその旨を観客に伝え、亡くなった人(々)への追悼の意を表してプログラムとは別に演奏を行うのが一つの儀礼として定着している。
 卑近な例では、1995年1月に阪神・淡路大震災が起こったときには、東京でも2月頃に開かれたクラシックその他の演奏会では犠牲者に哀悼の意を表するとして、追悼演奏が行われていた。特別な事情がある場合に、出演者にとっても観客にとっても感情として知らん顔をするのが憚られるものがあり、娯楽の場であっても気持ちの整理をする意味もあるのだろう。アナウンスないし出演者が口頭により追悼演奏を行うことを伝え、演奏後に黙祷を行うので、拍手は控えて欲しいと一言添える。これをうけて観客も拍手をしないのがマナーである。
 主催者側、特に出演者の希望で行われるのは、関係者、たとえば指揮者やその団体と縁の深い音楽家が亡くなった直後の演奏会などで追悼演奏のステージを設けることがある。かつてウィーン芸術週間の最中にソヴィエト・ロシアの作曲家ドミトリイ・ショスタコーヴィチの訃報が伝えられたときには、作曲者に演奏を絶賛されて親交の深かったレナード・バーンスタインがウィーン・フィルを指揮して交響曲第5番の第3楽章を演奏した。取り上げる作品は必ずしもレクイエムといった葬送のための楽曲でなければいけないといった習慣上の制約は特にないようである(むしろ、イデオロギーや宗教・宗派の違いを越えた追悼を希望する意味での配慮もあるかもしれない)。
 早混でも以前に団員が交通事故で亡くなったときには舞台袖に遺影を飾ったり、プログラムにその旨の記載をするなど、演奏という形に限らず、しかるべき措置を執り行ったことがある。縁起でもない…なんて叱られそうだが、普段と違う出来事には何をするのか知らなかったばかりに恥をかいたり関係者に嫌な思いをさせてしまうよりも、「有職故実」をしっかりと書いたり伝えたりする方に意味があるのではないだろうか。
 2003年5月に同志社学生混声合唱団を長く指導していた榎本利彦先生が亡くなられて、翌月東京で交歓演奏会が開かれた際、東混の同僚として親しかった八尋和美先生は早混のステージでJ.S.バッハのモテットを指揮される前に榎本先生の逝去を伝え、追悼演奏としたい旨のスピーチをされたことがあった。1970年代から1990年代にかけて早稲田・同志社のジョイント・コンサートではお馴染みの方だったから10年以上前に退任されていたとはいえ、東京のお客さんにも追悼の趣旨は理解されたことと思う。ただし、少し残念に思ったのは、同志社の現役からは何のアクションもなかったことで(もちろん7月にはOB・OG会による追悼行事が京都で開かれている)、時間的な制約もあり追悼演奏どころか何をどうしてよいものか頭もまわらなかったのだろうが、ロビーに告知の文面を張り出しておくだけでもできなかったものか。現役生にそこまで期待するのは無理なのかもしれないが、「卒団生の皆様、ぜひ演奏会にお越し下さい」という言葉に気持ちがこもっているかどうかは、こういったemergencyで試されるものである。

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