2010年5月31日月曜日

昔の早稲田の恋愛

 5月30日に練馬文化センターで早稲田大学マンドリン楽部の定期演奏会があって、秋の校友音楽祭ではうちが歌う三善晃「クレーの絵本」で伴奏のギター奏者を紹介して頂くことになり、挨拶かたがた先様のOB/OG会の打ち上げに顔を出した。
 同席したご年配のOGの人は早混にも友人がいて、草創期のフロイデハルモニー(1957年から1995年まで、ほぼ2年に一度、学内の交響楽団と合唱団が合同で第九交響曲を演奏するならわしがあった)のコーラスに出たことがあるとのこと。のちには、各合唱団がメンバーを出して、女声で足らないところはグリークラブあたりと付き合いのある女子大から賛助出演してもらっていたが、当初は合唱サークルの構成員でなくても早稲女の個人参加を募っていた時期があったことは知っていたものの、実際に本人から話を聞けたのは初めてだった。
 早稲田の女子学生が全体の1割ほどになるのが1960年代のことで、この方の在籍されていたころの早稲田はどの学部でも女子は少なく、自然と女の子同士は仲良くなるものだったようだが、なんでも友だちの一人が1学年上の男子学生で混声の人を(当時は、早混ではなく学内では「混声」と呼ばれていた)好きになったけど、思いを打ち明けられぬまま、卒業式の季節になってしまった。学部の何かの行事で「お別れ会」みたいなのが開かれて先輩たちに代わる代わる挨拶をすることになり、これであの人ともお別れなんだ…向き合ったら何も言えなくて目に涙を浮かべて手を握りしめたまま見つめるばかり…。そうしたら、卒業式の前の日に電話がかかってきて…その後、二人は結婚したんですのよ。
 昔は卒論や就職活動の時期に中途で退部する人も多かったので名簿に載っているかどうか分からないし、まして他の合唱サークルかもしれないし、誰かと尋ねるのもヤボな気がしたので聞くだけにしておいた。今の現役が聞いたら「さっさと告ればいいのに」と腹を抱えて笑い出しそうだが、半世紀も前の早稲田の男女は慎ましくも奥ゆかしい恋愛をしていたものである。

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