2010年6月4日金曜日

若林千春版の編曲をめぐって

 現役が定期演奏会で歌っている校歌の新編曲がつくられたのは1994年のことで、「変えるにあたって何か理由か経緯でもあったのか?」と年長の先輩から聞かれることがあるのだが、この年は創立○○周年とかキリのよい数字でもなかったし、特別な祝い事も思い当たらない。要するに、八尋先生が「校歌の編曲を新しいのにしたい」と言い出したから、現役の方も深い考えもなく変えてしまっただけ、というのが真相のようである。
 この頃はOB/OG会はもちろんのこと、卒団生向けの本格的な活動や行事なんてなかったから、八尋先生や現役にしてみれば校歌の編曲は自分たちのためのものでしかなかったのだろう。前の編曲に永年慣れ親しんでいたOBやOGがどう受け止めるかなんて、思い至る者もいなかったらしい(新しい編曲を先輩たちにも歌ってもらえばよいなんて言うのもいるかもしれぬが、未だに早混OB・OG合唱団は若林版を歌う気配さえ見せぬ<笑>)。OB(OG)の現役に対する影響力が強すぎて、箸の上げ下げまで口出しされているサークルだったら、まずこんなことは起きなかったのだが(グリークラブでは校歌の速さを変えただけでOBが血相変えて怒鳴り込んでくるそうである)、旧世代の先輩たちは曲想の余りの変わりように激怒した由。
 1964年に旧旧バージョンの「戸田版」を廃止して「長谷川版」に変えたときも部室に怒鳴り込んだ先輩がいて(本人から直に聞いた)、今回も八尋先生に「何で変えてしまったんですか!」と詰め寄ったそうだが、先生は黙っていたそうな。ご本人が仰らなくとも大体の察しはつく話で、第3代専任指揮者の長谷川博先生(1961~5)の時代に校歌の編曲が変わったのも先生直々のお達しによるものだった。前の「戸田版」は学生が手がけたものだから和音の処理などに誤りがあるから…といった解説をする向きもあるが、これは戸田さんに失礼な話で、戸田さんが和声学を習っていて当時は東京芸大の先生だった作曲家の石桁眞禮生(1916~96)にチェックしてもらって最終的なOKをもらったので、音楽理論上間違っているわけじゃないそうだ。
 編曲の和声なんかを自分好みにこっそりいじりたがるのは技術委員でも同じらしく、早混50年史の取材で発覚したのだが、「紺碧の空」と「早稲田の栄光」の混声版の編曲は、10年ちょっとの間に、何者かが(歴代の学生指揮者あたりに犯人がいるらしい)印刷のたびに極秘に手を加えていて、とうとう編曲者の川崎祥悦先生から「無断で変えられている」と抗議される羽目になった(1979年のことで、早混稲門会が校友音楽祭で使う楽譜は、このときの訂正版を採用したのだが「自分たちの歌っていたのと音が違う」と言われて、毎年説明するのが億劫でならぬ)。
 話を戻すと、八尋先生が校歌の編曲を変えさせたのは、今や早混の隅々まで八尋色が行き渡っているのに、玄関に鎮座している立派な置物が大昔の前任者の作というのが永年、お気に召さなかったのだろう。言うならば「のどに引っかかった最後の骨」に手を出したわけだが、さすがに30年も使い慣れていた長谷川版を即座に廃止できなかったのは誤算だったかもしれない。六連の定期演奏会で歌うときは時間の制約もあって長谷川版だし、レセプションの始まりや神宮で歌うときも清楚な響きの若林版じゃ威勢が上がらないと敬遠されているようだ。
 若林版にアレルギーを隠さないのは石田・長谷川時代以前の旧世代の先輩方に多いが、早混OB・OG合唱団の人でも「実は、個人的には好きです」という隠れキリシタンはいる。第2次八尋時代(1975~)でも20年近く長谷川版だったから、賛否両論あるのは当然として、ルネサンスやバロックの宗教音楽にシンパシーのある人には若林版は意外と人気がある(筆者の同期にも「現役のときにこんな校歌を歌いたかった」と言ってる者がいる)。
 外部の反応はもっと面白くて、うちの定期演奏会に招待されたグリークラブの人が激怒して、とある酒席で「混声には校歌を歌わせるな」と息巻いて周囲の人が止めに入ったことがある(笑)。一方で、校歌に関しては本家本元と言って過言ではない早大応援部で吹奏楽団の指導をしている人や交響楽団の顧問の方からは「混声合唱の特色を生かした良い編曲だ」とお褒めの言葉を頂いた。「オーケストラみたいでイヤだ」という一部の早混人の反応と対にとらえてみると興味深い。
 要するに、神宮球場に校旗はためくシーンとセットで「都の西北」をイメージする向きには若林版は軟弱過ぎて許し難いのだが、混声合唱の一つの表現形式として校歌を取り上げ、デモンストレーションしていると見る向きからは、素材としてのコーラスを純粋に鑑賞され、評価されているのだと思う。
 「こんなもの『都の西北』じゃない」と他所から文句でも言われたら、若林版の編曲はあくまでも「演奏会用」のものです、八尋和美先生の指導のもとルネサンスやバロック期の宗教音楽を長年にわたり取り上げてきた早稲田大学混声合唱団とは、こんな感じの合唱団ですよ、と自己紹介するためのツールなんですから、誤解なきように願います、と答えるのがいいんじゃないかと思う。現役の子と「若林版」が話題になるときは、こんなアドバイスをしている。

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